スペイン襲来!アステカ帝国民総力を挙げて、神の贈り物カカオ豆を守りきれ!

カカオ豆・チョコレートについて

 

カカオ豆の発祥地でもあるメソアメリカ(メキシコ北部より下の中南米)が、現在のようなチョコレートの発祥地ではなく、ヨーロッパが現在のような甘いチョコレートの発祥地であることを知っていますか?
広い広い海を渡るにあたったカカオ豆は、誰が、いつ頃、どのように伝えたのでしょうか?

チョコレートといえばフランスやベルギー、イタリアなどを思い浮かべる人も多いと思いますが、実は、ヨーロッパに初めてカカオを持ち帰ったのは、スペイン人コルテスなんです!


 

<目次>
・ヨーロッパ人初でカカオ豆と出会ったのは、コロンブスだった?
・「ショコラトル」をヨーロッパ人で初めて飲んだコルテス
・ヨーロッパ人で初めてカカオ豆の貴重さに気づいたコルテス
・まとめ


 

・ヨーロッパ人初でカカオ豆と出会ったのは、コロンブスだった?

チョコレートの原料であるカカオ豆と最初に出会ったヨーロッパ人は、クリストファー・コロンブスといわれています。

1492年、クリストファー・コロンブスが最後の渡航をした時にアメリカ大陸をみつけたという説は、有名な話ですよね。
コロンブス一行は、アメリカ大陸を発見した時、現在のホンジュラス沖合のグアナハ島で、1艘のカヌーと出会いました。

そのカヌーには、たくさんの積み荷があり、そのひとつがカカオ豆。
1艘のカヌーに乗った乗組員たちは、当時のアメリカ大陸、メソアメリカ文明の間では、貨幣としての価値のあるカカオ豆を海にばらまいてしまい、必死に拾っていたそうです。

しかし、カカオ豆の存在を知らないコロンブスは、アメリカ大陸の発見に有頂天。
カカオ豆をアーモンドと勘違いして、まったく興味を持ちませんでした。

コロンブスがカカオ豆を手にしていたという説もあります。
しかし、その場合も、やっぱり興味を持たず、1502年、最後の航海時にスペインに持ち帰ったものの、用途がわからずじまいになり、そのまま放置してしまいました。

~余談~

現在の世界史では、コロンブスは、東インドの一部と勘違いをしていて、アメリカ大陸だとは思っていなかったということが判明し、現在は、アメリカ海域に初めて到達したのがコロンブスであり、アメリゴ・ヴェスプッチが「コロンブスがインドだと思っているのは、違う新大陸だ」ということに気づいた説が有力だと考えられています。
そのため、アメリゴにちなんで「アメリカ」と呼ばれるようになったとのこと。

また、コロンブス一行より約400年も前に、アイスランドのレイフ・エリクソンがアメリカ大陸に上陸していた可能性があることが、サガ(主にノルウェーやアイスランドなどで起こった出来事を記した書物)に記さたものが発見されたようです。しかし、先住民との折り合いが合わず、定住することができなかったため、アメリカ大陸の発見にかかわったといわれることが少ないとのこと。

どちらにしてもコロンブスは、大金持ちになるチャンスを逃し、ヨーロッパにとってのカカオ豆新発見のチャンスを逃してしまったというわけです。
まぁ、もともと大金持ちだったでしょうし、アーモンドと勘違いしたとなれば、無理もない話かもしれませんが・・・

コロンブスが興味を持たなかったカカオ豆が、ヨーロッパに渡ることになったのは、コロンブスがアメリカ海域に到達してから、約20年後のことです。


 

・「ショコラトル」をヨーロッパ人で初めて飲んだコルテス

コロンブスがカカオ豆と遭遇してから約20年後の1519年、エルナン・コルテスがメソアメリカに上陸しました。
彼こそが、初めてカカオ豆をスペインに持ち帰った人です。

当時、アステカ帝国の王だったのがモテクソマ・ショコヨトル、俗に言うモテクソマ2世で、とても権力があって勢力を挙げていた王様です。
コルテス一行がメソアメリカに上陸した際、アステカ帝国の人々は、異国人であるコルテスを快く招き入れました。

一般的には、自分たちとは違う言葉を話し、肌の色が違う異国の人々が突然現れたら、そう簡単には招き入れないような気がしますよね。
では、なぜ簡単に招き入れてしまったのか・・・

当時、アステカ帝国では、神の中でも最も力のあるテスカトリポカに追い出された、肌が白いのが特徴のケツァルコアトルは、「一の葦(よし)」に戻ってくるという言い伝えがありました。

アステカの暦は、カレンダー・ラウンドと呼ばれる約52年周期で1周する暦で、「家」「うさぎ」「葦」「石刀」の4つで構成され、コルテスがアステカを訪れた1519年は、ちょうど、ケツァルコアトルが戻ってくるといわれている「一の葦」に当たります。

ケツァルコアトルは、カカオ豆を天から運んできたと伝えられている神でもあり、数年前から、さまざまな不吉な前兆ともいえる出来事が起きていたことから、肌が白いスペイン人のコルテスを風の神ケツァルコアトルだと勘違いし、招き入れないわけにもいかなかったのです。

モテクソマ2世は「チョコレート王」という異名を持つほど、ショコラトルをこよなく愛し、力をつけるために、疲労を回復させるために、1日に約50杯ものショコラトルを飲んだといわれています。

そんなモテクソマ2世はコルテスを宮殿に招き、ショコラトルを振舞いました。
これが、ヨーロッパ人が初めてカカオ豆で作られた飲み物ショコラトルと出会い、初めて口にする瞬間でした。


 

・ヨーロッパ人で初めてカカオ豆の貴重さに気づいたコルテス

ショコラトルを初めて飲んだコルテスは、衝撃を受けたようです。

当時のカカオ豆を使った飲み物ショコラトルは、まだまだバニラや香辛料、トウモロコシのすり潰したものなどを混ぜて飲むような、苦い飲み物でした。
決しておいしいとは言えない苦い飲み物を、モテクソマ2世がどうしてそれほどまでに愛するのか、不思議で、不思議で仕方がなかったのかもしれません。

コルテスは、そんな不思議な飲み物ショコラトルの原料であるカカオ豆に注目します。
コルテスがただの探検家ではなく、アステカ帝国を滅ぼすだけの力を持った、有望なコンキスタドール(征服者)だったことが、原料であるカカオ豆に注目したということだけみても頷けますよね。

調べてみると、貨幣としての価値があり、疲労回復の効果があることを知ったコルテスは、スペイン軍の人々の疲労回復のためにショコラトルを飲ませ、以前、アステカ帝国に地位や名誉を奪われた別文明の人々を言いくるめて味方につけ、少しずつ、アステカ帝国との戦いに向けて準備を始めました。

そして、運命の時が来ます。

1520年、アステカ帝国民たちの反感を買ったコルテスが、モテクソマ2世に国民への説得を頼みました。
しかし、それに激怒した国民が、コルテスの言いなりのモテクソマ2世を抹殺してしまい、アステカ帝国とコルテス率いるスペイン軍との戦いが始まります。(モテクソマ2世を抹殺したのはスペイン人という説もあるようです)

1521年、アステカ帝国との戦いに勝ち、征服したコルテスは、母国であるスペイン国王カルロス1世に報告し、その地域一帯の最高位の座を手に入れました。
最高位の座に就いたとなれば、カカオ豆も我が物とすることができます。

こうして、カカオ豆を我が物にしたコルテスは、航海時には船員たちに、戦の時には軍勢にショコラトルを飲ませて力をつけさせていったのです。


 

・まとめ

メソアメリカからスペインへ渡るに至るまでには、航海の歴史や戦の歴史が必然的について回ります。数々のドラマを経てスペインへ渡ったショコラトル(チョコラテ)。
カカオ豆の成分に着目した現在、当時の甘くはないチョコラテに近い味を求め、数々の研究され始めているのは、とても素晴らしいことのように感じています。

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